2011年12月25日日曜日

原発問題を考える

大阪市庁舎イルミネーション
はじめに
3.11の福島原発事故は本当に衝撃的な大事件であった。以降9カ月余が経過したがやっと今後の対応について政府・東電の方針が固まって来たようだ。その中で最小限把握した方が良いと思われる情報を纏めて見た。私は何故反原発・脱原発の気持ちがどんどん強くなって来たのか、今後具体的に何が出来るのかも考えて見た。

論点は、1.事故原因 2.賠償問題 3.責任問題 4.健康被害 5.原子力政策の5点。


皆、相互に絡みあっているが最大の問題は
内閣(背後の米国)・経産省・東電・裁判所の一糸乱れぬ連携で、損害賠償を極小にして東電を守り抜き今後も国策で原子力を推進するスキーム作りが強行された事である。
不条理過ぎるこのスキームは、「広範囲に存在する被災者や自主的避難者」だけでなく国民全体に厳しいものになっている。

これに対する抗議が全国各地で連日繰広げられているが、国のなりふり構わぬ推進姿勢は狂気と言って良い位である。これ程まで安全神話も安価神話も崩れたのに、未だに断固推進するのは軍事的要因と原発推進者達の人間的感性の欠如なのであろうか。しかしいくら軍事的要因も大切だとしても被曝被害は今後拡大が続き実態が明らかになっていくので、反・脱原発運動が途絶える事はなく、これからも年々活動が更に具体的になり分厚く継続していくのではないか。


1.事故原因
事故原因は政府・東電が必死に言い続ける「想定外の津波による」ものではないと思う。

(1)事故の原因は津波でなく地震で強度の弱い部分が損傷して発生した。
(2)地震の原因が人工である可能性はまだ完全に排除は出来ないと思う。
(3)福島第3・第4の爆発は政府・東電が隠蔽したい重大事実が隠されているという疑念がある。

原因を究明する為に政府と独立した形で国会に設置された「事故調査委員会(黒川委員長)」は12月19日福島市で初会合した段階。事故調査委員会の10人の委員に真相解明を期待したい。
4つの作業チームで▽事故原因の究明、▽健康や環境などへの被害状況の調査、▽これまでの国の原子力政策やエネルギー政策の検証、▽調査を踏まえた政策提言を行うという。

これとは別の「政府事故調査・検証委員会」が12月26日(月)に発表する中間報告は事前にマスコミと事前レクすると上杉氏が暴露する等、信憑性に強い疑問を感ずるものになりそうだ。

この問題を追及している個人・団体は多い。彼らの真摯な取り組みも含め事故原因の真相については私が充分確信した段階で別途論じたい。

2.賠償問題
(1原子力損害賠償紛争審査会(文科省・会長=能見善久・学習院大教授)
原子力損害の賠償に関する法律(以下“原賠法”と略称)第十八条に基づいて組織された。
http://www.env01.net/frommanager/2011/fm2011_26.htm (後半No693の部分)
既に19回会合開催。
12/6に指針をまとめた。骨子は避難指示区域外23市町村約150万人(うち子供・妊婦は30万人)を対象に原発賠償1人8万円、子供・妊婦は40万円とした。自主避難者と滞在者は同額である。福島県南地域の白河市や会津地域の会津若松市など26市町村は対象外となっている。
福島佐藤雄平知事が対象範囲について全県にするよう要望し、政府は検討を約している。
3月15日~4月22日に政府が屋内退避指示を出した、原発から20~30キロ圏内の住民への賠償額を、8月にまとめた中間指針で「1人10万円」としたことを踏まえたもの。来年以降は今後協議していくとの事だ。
この内容では不十分過ぎる。私達普通の国民も論議を注視して、より納得のいくものにする為声を届けるチャレンジが必要だろう。


(2)原子力損害賠償支援機構法
http://ja.wikipedia.org/wiki/ (ウィキペディア)
8/10公布・施行の法律。原子力事業者(東電)の損害賠償のために必要な資金の交付等の業務を行うことにより原子力損害賠償の迅速かつ適切な実施及び電気の安定供給等の確保を図ることを目的で9/12設立。(理事長杉山武彦前一橋大学学長)資本金140億円(政府・電事連12社折半)被害者からの損害賠償についての相談も応じるようだ。


本来あくまでも原子力損害賠償の迅速かつ適正な実施の為に出来た機構であり、東電を救済して貴族的待遇を続ける為でない事を折に触れ言い続ける必要があるだろう。


3.責任問題
(1)現状は殆ど責任を逃れ責任者達は安泰なままである
政府・東電は飽く迄も事故は「想定外の津波によるものなので東電に損害賠償義務は無い」という姿勢を貫くつもりのようだ。その象徴である清水元社長は数億円?の高額の一時金(退職金でないと主張)を受領後消息は一切聞こえて来ない。せめて被災者に高額の寄付でもしたらどうか。
12月社員には基準内給与の1ヶ月分のボーナス(一般職組合員平均37万4千円)を支給した。 例年のほぼ半分だが原発被災者達が継続して苦しんでおり先の見えない人も多い現状と対比すると支給する事自体考えられない無神経だ
電力料金の原価に社員保養所の維持管理費・年8.5%の高利の補助金付き財形貯蓄も含まれているという。こんな制度を維持させてはいけない。東電は既に9千億円の公的資金が投入されており、更に150万人対象の損害賠償資金の6千億円が投入される予定との事。実質、皆国民の税金からの支払いなのだ。


普通の国民からすると原発被災者とのアンバランスは限度を超えているように見える。国策推進の中核・東電はかすり傷程度で安泰のままである。経産省・保安院・原子力委員会等原子力村の住人も何の処分も無く、ほぼ同様に安泰のままだ。2012年4月に原子力安全庁を環境省下に設置すると言うが、官僚だけが何があっても身分は安全で、問題を起こすと組織が拡大・焼け太りするようでは道理に著しく反しており、今後国民が納得し物事が円滑に進む筈はない。国民を舐め過ぎてはいけないだろう。


(2)責任追及の動き・波及の現状
鋭く東電の責任を追及する植草氏ブログ
5月段階→ http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-4e52.html             

12/20日経で西沢社長は経営責任は2012年3月の支援機構と作る「総合事業特別計画」で取るとの事だ。勝俣会長達当時の経営陣は辞めるとの情報もあるが彼らの一時金は清水元社長同様ほぼ満額支給されるのだろうか?キチンと眼に見えるような責任を取って頂きたい。

最近の被災者の怒りの矛先は経産省にも向かっている。それはそれで必要な事だが、東電のこのままの「実質国有化」の名の下の責任を取らないままでの税金による救済・生き残りは資本主義の本旨からも、人道上の見地からも許容出来るものではない。本来は経営者の刑事責任を厳しく追及すべきなのだ。弱者の小悪事には厳しく超大物は何をしても咎められない国で良いのだろうか。

これ程までに責任が曖昧なのに、マスコミは話題を他の出来ごとに逸らし責任には殆ど触れないのは本当に異常である。今でも事故当初日経記者が記者会見の質問で「勝俣会長様」と言った言葉が耳に残る。これではこれからもネットや街頭での一層激しい東電指弾の嵐は止むことは無いと思われる。批判者の数が多く筋も通っているので警察等の強権でいくら封じ込めようとしても到底難しいであろう。

4.健康被害
(1)これまで健康被害はどの程度あったのか。
これまではっきりしている死亡者は作業者等5名のようだが(上杉氏ツイート)、東電は吉田前所長の食道がんも今回の被曝との因果関係を否定している。これは現在の医学でまだ直接の因果関係の存在を立証出来ないのをいい事に、完全に白を切ってしまう姿勢のようだ。大量被曝で死があり得るが、がんは全て数年後にしか発症しないから9ヶ月後のがん発症は被曝が原因で無いという話は本来は通用しないのではないか。大量被曝の場合は早い段階でがんの発生が起こり得ないのか?素人の私は医学的根拠は無いが、本当はほぼ100%近く因果関係があるだろうと推定している。

(2)その他の健康被害について現状必要な基礎知識
<核種>
・放射性ヨウ素
事故当初は大量の放射性物質が排出されたので放射性ヨウ素が話題を占めた。当時も今も喉の不調を訴える人は多いようだが発症が多発するのは数年後とされており今後要注意。
・セシウム137
最近は半減期30年のセシウム137が問題になっている。福島原発から放出されたセシウム137は広島型原爆168個分とされている(細野原発担当大臣・23日の衆院科学技術イノベーション推進特別委で)。
その影響は体内の慢性被曝により、細胞の発育と活力プロセスが歪められ、体内器官(心臓・肝臓・腎臓等)に悪影響を及ぼすとされている。(その毒性について茨城大・久保田護名誉教授の翻訳自費出版がある由)
今の所因果関係は全く不明であるが、急な心停止について等のtwitter情報は頻繁に眼に触れる。
・プルトニウムとストロンチウム(武田邦彦教授)
プルトニウムの毒性 
http://takedanet.com/2011/03/32_f654.html
ストロンティウムの毒性
http://takedanet.com/2011/10/post_81fe.html

<海洋汚染のリスク>
NAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2131829810240813801
この情報がどこまで信頼性が高いのかまだ確信していないが当たらずとも遠からずではないか。充分留意し正しく警戒すべきであろう。

<がれき焼却のリスク>

武田邦彦 (中部大学): しっかり反論:瓦礫引き受け・・・量と濃度の錯覚

http://takedanet.com/2011/10/post_5a76.html

現在のガレキ受け入れ自治体一覧


ガレキ焼却受け入れを巡って全国で激しい攻防が続いている。私は福島の方々には申し訳ないが福島の原発近辺等に閉じ込めるべき派なので全国バラマキ希釈作戦には反対です。しかし既に受け入れ済みの東京、受け入れ表明の大阪等ではどの程度危険か実態を充分承知した上で対応を考えていくしかない状況になっている。



5.原子力政策
(1)政府の原発収束宣言
信じられない事だが政府は12月16日に工程表の第2ステップ冷温停止状態を達成したと発表。これを受けてIAEAの天野事務局長はこれを支持。来年1月からストレステストの結果を評価するとの事。停止中の原発の全面的再開に向けて動き始めている。
12月20日日経
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E0E3E2E2918DE0E3E3E0E0E2E3E39790E3E2E2E2;at=ALL又12月20日、米政府代表も日本政府の収束宣言を支持した。

しかし地下にメルトスルーした核燃料が地下水と反応して爆発しないか、地下水を通じて広範囲に汚染が拡大していると思われるのでこの発表への反発も強い。とにかく米国もその支配下のIAEAも日本の原発の再稼働を強く望んでいるようだ。

(2)高速増殖炉もんじゅ2012年度予算付けられず。(何が未来のエネルギーだ!)
核リサイクルの要で夢の技術と言われながら欧米も断念して撤退、破綻した高速増殖炉にこだわり続ける日本。2010年には燃料交換装置の一部が落下し2011年やっと取りだしたがナトリウム爆発、炉心溶融の危険等福島第一どころでない大惨事が懸念されている施設。すったもんだの末やっと次年度予算を凍結。
http://www.asahi.com/politics/update/1213/TKY201112130222.html


(3)原発の稼働状況
12月16日現在日本で稼働中の原発はとうとう7機のみになっている!
北電・泊3号、東電・柏崎5、6号、関電・高浜3号、中国電・島根2号、伊方2号、九電・玄海4号。
それでも電力不足になる気配はありません。

(4)どうなる原子力政策。政府・電事連の思惑は?
内閣府原子力委員会(委員長近藤駿介東大名誉教授)H22年11月「新大綱策定会議」を設置。3.11で中断していたが8月再開している。今後1年をかけて、原子力政策の問題点を検証し
高レベル放射性廃棄物の扱い、高速増殖炉の開発、使用済み核燃料の再処理、国際協力のあり方などを盛り込んだ新大綱をまとめる。

 会議では、震災後に原子力委に寄せられた意見の概要を事務局が報告。今後の原子力発電について意見を述べた4567人のうち67%が「直ちに廃止」31%が「段階的に廃止」を求めていた。委員からは、「福島原発事故の責任は原子力政策を決定してきた原子力委員会にある」(伴英幸・原子力資料情報室共同代表)といった批判意見が相次いだ、との事。

この人達の人間性、判断力が私達の将来に大きく影響する。原子力村やメーカーや米国の利益のみに捉われずにこれまでの路線の転換、急旋回する事が可能なのだろうか?

(5)米国の政策転換等、外国への原発ビジネス
米国が34年ぶりに原発建設を認可すると言う。米原子力規制委員会は東芝傘下WHの改良型加圧水型炉AP1000を年内認可する。ジョージア州とサウスカロライナ州に各2機計、4機だそうだ。緊急時に電源や作業員の操作なしでも自動的に原子炉の冷却が維持され、航空機の衝突にも耐えられるそうだ。本当だろうか?
日立もリトアニアで計画の原発の2020年運転開始に向け仮合意を締結したという。この流れに棹はさせないのか?

最後に


(1)内部被曝回避
これまでペットボトルの水を購入するとか、野菜の産地を気にするとか、大好きな魚もさんまやあんこうを避けるとか、雨の時や側溝の近くは歩かないとか内部被曝を減らすよう心がけて来た。
小出助教ですら事故を起こした責任は自分達にもあるのだから子供達は守るが大人は福島産でも食べようと言っているのだが、無農薬食品に拘りのあった私は、やはり避けられるなら避けた方がいいと思う。

(2)移住者への共感
私は64歳で東京在住だが、若い人達が、特に福島(一部を除く)は移住出来るのが一番だと思う。それぞれ故郷・家・職場等があり愛着も強く、多くの方は支援がない限り離れる事は難しいだろう。それでもtwitter・Ust等で個別に移住を決めた方々の決意・苦境を沢山見聞きしてきた。
国・福島県の損害賠償額削減・地方財政維持優先の住民縛り付けのいじましい諸方策にはホトホト呆れている。土地・故郷を愛する人達には申し訳ないが、私も美しい自然、美味しい果物等が沢山あり頻繁に訪れた福島だが福島原発事故以降は会津や県南はともかくあまり訪れたくありません。除染しても特に子供達の一部には悪影響が出てくるのではないかとの懸念が拭えません。又被曝リスクは累積で考えねばならないのではないかと認識しています。

(3)原発再稼働・新設の阻止活動
<中国電力の上関原発>
1982年の計画から30年近く反対運動が続く中、2012年6月1号機着工を予定している。2011年3月15日から準備工事は延期されてはいるが山下社長は建設の意志を変えてはいないと明言した。私は曾祖父の代まで佐渡の達者の海で漁師をしていたので尖閣湾等の海の美しさに強い愛着を抱いており、上関のまだ手付かずの豊穣の海はかけがえのない価値を持っていると考えている。
鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」等で見た漁師の方々の反対運動に海を愛する都会の若者達がカヤック隊等で守る運動に諸手を挙げて賛成しています。

<大間原子力発電所>
反対する動機は海への愛着だけでなくプルサーマル計画への疑問がある。大間原発はMOX燃料(ウラン235の替わりにプルトニウムを使う)を使用出来、核燃料リサイクルの中核的担い手と期待されている。2008年5月に着工済みで運転開始予定は2012年3月から2014年11月に延期された。
炉心建設予定地の地権者熊谷あさ子さんは代々マグロ漁師の家に育ち、「大間の海と土地をきれいなまま子や孫の世代に残す為に、大間原発に反対します」札束を積み上げられてもログハウス「あさこはうす」で頑張り土地を売らず建設計画を拒み続けて来た。あさ子さんが2年前に不慮の事故で死亡した後も、4人の兄妹が遺志を受け継いだ為、電源開発が建設計画の変更を余議なくさせられた。     
最近は12月10日に函館市民ら170名が建設差し止めの訴訟を提起する等反対の動きも強くなっている。→http://www.youtube.com/watch?v=Z0CMb_pO-yo
http://actio.gr.jp/2008/12/09094527.html

10数年前に訪れて下北半島の先端で食べた有名な「大間のまぐろ」のおいしさは格別だった。
六ヶ所村と一連で困難だろうが何とかこのまま建設を中止に追い込む事が出来ないものだろうか。

他の多くの原発も大きな危険を孕んでいる。エネルギーシフトと節電を工夫していけばエネルギーは賄える筈だ。これだけ原発再稼働に拘るのは、原発は核兵器や劣化ウラン弾作り、新型原子爆弾の開発に不可欠な為なのかという大きな疑念を拭えない。冷静に日本人・世界の人類の将来の為を考え原発全廃に向けての歩みを進めて欲しいものだ。


私の出来る事は限られているが、今後も正確に情報を得て、情報共有を促進し、丁寧に脱原発を言い続け、活動に部分的に参加していこうと考えています。

2011年11月23日水曜日

地中海クルーズ記 <フランス、ミラノ>

⑦マルセーユ&エクス・アン・プロヴァンス

【概要】
マルセーユは人口82万人でパリに次ぎ2位、都市圏人口ではリヨンに次ぎ3位。近郊に古都エクス・アン・プロヴァンスがありそれらを合わせると135万人。南フランスの貿易・商業・工業の中心地。地中海最大、欧州第3位の玄関港として120カ国の港と連絡している。TGVでパリには3時間で行けるようになった。

マルセーユは商業都市で観光面の魅力は乏しいが、セザンヌの故郷のエクス・アン・プロヴァンスと共に2013年には欧州文化首都(1985年に始まった制度。1年間集中的に各種の文化事業を展開する)になる事が決定済みである。

【歴史】
・紀元前600年頃小アジアから来たポカイア人(ギリシャ民族)が築いた植民都市マッサリアに端を発する。ポエニ戦争ではローマ側につきカルタゴと敵対。紀元前49年からのカエサルとポンペイウスとの内戦ではポンペイウスを支持したが敗北し自治権限を縮小された。3世紀頃キリスト教が齎された。10世紀にプロヴァンス伯が支配。
・1481年にフランス王国に併合される。中世は振るわなかったが18世紀には港の交易が盛んに。1720年ペスト流行もあったが後半には復興した。フランス革命とナポレオン戦争で一時後退したがその後商工業が発展した。第2次世界大戦ではドイツ軍に占領され大きな損害を受けた。

【感想】
エクスの意味は泉だそうでプロヴァンスの街の至る所に噴水が見受けられた。5世紀から17世紀までのあらゆる建築様式が集合した旧市街の中心のルシェルム広場の朝市でプロヴァンスの石鹸を購入。セザンヌのアトリエは2階建ての林に抱かれた小さな建物だった(日本人の感覚では十分広いが)。机・椅子・絵の道具が当時のままで感動。ちょっと離れたローブの丘からサン・ビクトワール山を遠望した。この場所から見た山を1000枚以上(油彩は30枚?)も書き続けたのか!死後に皆世界各地に売れて行き、アトリエに原画が1枚もないのが人気を物語っているのだが…セザンヌの実家も近くにあり、父は銀行家で裕福だったようだ。

マルセーユに戻り、昼は本場のブイヤベースを味わった後、1ユーロのミニトレインでノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院へ。ローマビザンチン様式の聖堂で高さ46Mの鐘楼の上に黄金のマリア様が。

高台で暫し風に吹かれ港や船を遠望して、又ミニトレインでスリルを味わいながら港に向かった。


⑧ミラノ

【概要】
イタリア・ロンバルディー州の州都。稚内とほぼ同緯度だが比較的温暖。イタリア第2位、北部イタリア最大の都市で人口130万人、近郊を含む都市圏は434万人とローマを凌ぎイタリア最大で、商工業・金融の中心。観光地としても名高い。
ミラノ・コレクションで知られるように古くから服飾・繊維等ファッション関連産業が盛んだが、近年は航空・自動車・精密機器工業も発達しておりイタリア最大級の経済地域を形成。

【歴史】
紀元前600年のケルト人の町が元。前222年にローマが征服しローマ帝国の元で繁栄。
4世紀、司教アンブロジウスと皇帝テオドシウス1世の時代は西ローマ帝国皇帝の宮殿のある首都に。→450年頃フン族、539年ゴート族に破壊されたが8世紀末再び繁栄を始める。
中世を通じミラノは大司教に統治されたが、封建貴族は独立性をある程度保ちながら大司教の世俗的支配から脱していった。 →東ゴート王国→東ローマ帝国→ランゴバルド王国の時代を過ぎ、
11世紀には富裕な自治都市へと変化させ、成長の回復と東ローマ帝国からの独立を果たした。
1162年、神聖ローマ帝国のフリードリッヒ1世の軍隊に破壊されたがすぐ復興し、ロンバルディア同盟を結成、1176年にはフリードリッヒ1世を打ち破り新しい繁栄の時代に。
中世後期とルネッサンス時代はヴィスコンティ家とスフォルツア家の公国に。
1277年ヴィスコンティ家が領主デラ・トレ家から統治権を奪い1447年まで支配。特に初代ミラノ公ジャン・ガレアッツオの時代は黄金時代であった。

1450年に軍人フランチェスコ・スフォルツアが統治者に。その息子ルドビコは学芸の保護に熱心でレオナルド・ダ・ヴィンチをミラノに招いた。しかし1500年にフランス軍が占領、一旦ミラノを去るが再訪、ミラノ派と呼ばれる画派を生んだ。スフォルツア家はフランス・スイス・オーストリアに操られながらも支配を続け、1535年血筋が途絶えるとスペインの統治下に。18世紀のスペイン継承戦争後、1714年のラシュタット条約によりオーストリア・ハプスブルグ家に帰属。
ナポレオンは1796年オーストリア人を追出しティザルピナ共和国の首都に→1815年ロンバルト=ヴェネト王国でオーストリアの手に戻るがイタリア抵抗運動の中心地となり1848年オーストリア人を追放。→1859年フランスの支援でサルディーニャ王国がミラノを解放。
1861年イタリア王国に加わり発展。
第2次世界大戦では連合国に激しい爆撃を受けたが戦後復興。戦後はモダン・デザインの発信地として国際デザイン美術展のミラノ・トリエンナーレが開催されている。

【感想】
ジェノバでスプレンディダ号に別れを告げ、午後ミラノ見学。ゴシック様式の大聖堂(ドウオモ)は天を突くような尖塔が135、ひときわ高い108mの大尖塔には金色のマリア像が見えた。

1386年に着工し正面ファイザードが完成したのが1813年、建設と修復がが同時に行われて来た建築である。エレベーターで途中まで上がり更に苦労して階段を上り屋根の上から尖塔を間近に見たり街を見下したりしたので忘れられない。

近くのヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリア(アーケード)に行き、牛の絵のモザイクタイルの上を左足の踵で一回りすると願い事が叶うを得れるという所で行列に並び一回り。

最後にスカラ座前で再訪を期し、レオナルド・ダ・ヴィンチの記念像(1872年製)を撮影しミラノの短い滞在に別れを告げた。最後の晩餐の絵は見れずじまいであった。

地中海クルーズ記 <スペイン>

⑤マジョルカ島(スペイン)


【概要】
今は西地中海に浮かぶバイレアス諸島の州都。人口約40万人だが夏は倍に膨れ上がるとの事。観光はベルベル城と大聖堂とデパート巡りであった。

【歴史】
13~14世紀、スペイン北東部の国アラゴンの征服王・ハイメ1世が1229年からイスラム支配下のマジョルカ島に侵攻。1276年死去の際ハイメ(ジャウメ)2世に継承。兄のアラゴン王ペドロ3世と対立し、フランス王フィリップ3世・ローマ教皇フィリップ3世と連合し闘う等を経て1311年ジャウメ2世死去後財政危機に陥り1349年リュクマヨールの闘いに破れ滅亡、スペインのアラゴン王国に併合された。

【感想】
そのハイメ2世の居城としてスタートしたベルベル城。ベルベルは見晴らしの良いと言う意味らしい。小高い丘からパルマの街、ヨットが沢山繋留されているハーバーが良く見えた。近くにある大聖堂は1230年に建造開始、1601年にやっと完成したそうだ。カタルーニャ・ゴシックの傑作で20世紀の改修はガウディも係わったらしいが午後2時に着きデパート買い物も組まれた短い時間での慌ただしい観光だったので、この旅行で唯一不満の残った1日だった。

最後に現地ガイドさんが、日本人が120名位しかいないので移住してくれる人はいないだろうかと寂しそうに言っていたのが印象的であった。いい所ですよ。


⑥バルセロナ

【概要】
スペイン・カタルーニャ州の州都。人口160万人だが近郊を入れると420万人。14世紀に建設された城塞を起源とする旧市街と1859年の大拡張された碁盤の目のような新市街からなる。1992年のオリンピック開催地。

【歴史】
伝説ではハンニバルの父ハミルカル・バルカがカルタゴ人植民都市であるバルチーノを建設したと言う。後にローマ人がカストロム(ローマ軍の宿営地)に作り替えた。5世紀はゲルマン系西ゴート王国(415年~711年)が支配。476年に西ローマ帝国が滅亡するとフランク王国と覇権争い。621年イベリア半島をほぼ制圧したが711年イスラムのウマイヤ朝に征服された。
801年フランク王国の辺境領に組み込まれたが自立を始めカタルーニャ君主国を確立し、985年イスラムのマンスールの包囲を撃退。その後アラゴン王国は拡大しアテネまで地中海を支配するが、15世紀にカタルーニャ・アラゴン連合とカスティーリャ王国で統一王朝が出来るとスペインの中心はマドリードに移行していった。1714年スペイン継承戦争で再び荒廃。フェリペ5世は反乱したバルセロナを処罰した。
19世紀産業革命後「大拡張計画」が採用され中世の城壁は取り壊された。20世紀初頭にカタルーニャ人が自治と文化的表現の自由を求めて騒乱を起こしバルセロナの復活が明確になった。
この時のモデルニスモ(新芸術運動)を産業ブルジョワジー(グエル=ガウディのスポンサー)が支援した。

スペイン内戦(1936年~1939年)バルセロナは無政府主義運動の拠点に。しかしフランコ軍に侵略された以降数十年間は恐怖政治とカタルーニャ語の使用を禁じられる等の抑圧が続いた。この内戦の事は「誰がために鐘がなる」や「ゲルニカ」位しか知らないが、いろんな要素が入り乱れ骨肉も別れて争う激しい闘いだった事だけは間違いないようだ。
1975年以降自治政府も復活し「カタルーニャ」の独自性を追及する時代~現在に至っている。
バルセロナの人々はケチで働き者と言われスペインのGDPの1/4を稼いでいて普通のスペイン人とは違うようだ。

【感想】
ほぼ終日観光出来た。アントニオ・ガウディの代表作サグラダ・ファミリア(聖家族教会)は内部も、特に外観は見た事が無い芸術性が感じられ素晴らしかった。生誕の門、受難の門も工事が続けられていて何回も訪れた人達は口々に前はここまで出来ていなかった、又来て良かったと言っていた。

バルセロナの街と地中海を見下ろす高台のグエル公園の散策も実に楽しくガウディのカサバトリョ
カサミラは一度ご覧下さいとしか言えない空間でした。

昼は海辺の半野外レストランでパエリアとムール貝。子イカのフリッター等素朴な味は格別です。

午後のカタルーニャ広場にはいろんなお土産店や、奥の方には青果物・魚市場もあり多くの国から来た観光客達も交え大混雑でした。同じグループの常連の方は「ここのカラスミがおいしいので毎回買って帰る」のだそうです。バルセロナはとにかく楽しい再訪したい街でした。

夜はフォーマル・ナイトで船長主催パーティーで挨拶やアトラクションで盛り上がりました。

地中海クルーズ記 <チュニジア>

④チュニス(チュニジアの州都) 

【概要】
チュニジア共和国はアフリカ世界・地中海世界・アラブ世界の一員。アルジェリアとリビアに挟まれており現在はこの両国とモーリタニア・モロッコと5カ国で1989年に経済協力機構であるアラブ・マグレブ連合を作っている。

【歴史】
古代フェニキア人が交易拠点として移住し、紀元前814年カルタゴ建国、地中海貿易で繁栄した。しかしイタリアからの新興勢力・ローマとシチリア島の覇権を巡って衝突。

・紀元前264年に第一次ポエニ戦争。カルタゴは敗れシチリアを失い、スペインに拠点を伸ばす。
・第二次ポエニ戦争では名将ハンニバル・バルカ将軍が大活躍。象を引連れピレネーを越えてイタリアの北からローマを攻撃しローマを滅亡寸前まで追いやったが、スキピオに本国を攻略されて撤収。
・第三次ポエニ戦争で完全敗北し紀元前146年に滅亡し、チュニジアはリビアと共にローマの属州となりキリスト教も伝来。

その後西ローマ帝国の管区、ゲルマン系ヴァンダル人のヴァンダル王国→534年東ローマ帝国→アラブ人の侵入。アッバース朝カリフに臣従したアグラブ王朝・ファーティマ朝・ズイール朝・ムワッヒド朝と続き、1229年ハフス朝。「歴史序説」を著したイブン・ハルドウーンが活躍。
→1574年オスマン帝国に→フサイン朝
→1837年アフメド・サダク・ベイがアフリカ初の立憲君主になり、近代化・西欧化を図る。
1861年イスラム世界となり1864年憲法停止。西欧化挫折→1878年フランスに宗主権・フランス侵攻・1883年フランスの保護領に
→1907年青年チュニジア党→憲政党→新憲政党
→1956年アル・アミール国王を条件に独立。
→1957年チュニジア共和国成立(王政廃止、大統領制)。初代大統領にブルギーバ。
→1974年カダフィーのリビアと合邦したがすぐに崩壊。
→1987年無血革命でベンアリが大統領に。→1991年湾岸戦争ではサダム・フセインを支持。
→2010年「ジャスミン革命」でファド・メバザヘが暫定大統領に。

パレスチナ問題では第3次、第4次と僅かながらアラブ側で派兵。1982年PLO本部が2年のみ移転した事がある。イスラエルを承認しているがガザ紛争では非難している。イスラム教スンニ派が98%で、アラブで最も女性の地位が高い国になっている。

【感想】
紀元前814年テュロス(今のレバノン)の女王エリッサが辿り着き原住民に分けて貰った土地。カルタゴ遺跡から今でもカルタゴ時代の軍港・商業港がはっきりと分かれていた事が眺望で確認出来た。ここからハンニバルがローマとの戦いに出陣して行ったと思うと感慨で胸が熱くなる場所だ。その後のローマ統治時代のバジリカ跡、アントニヌスの浴場もすぐ隣にあり見物出来た。

そこの隣の高台に大統領邸がありその方向の撮影は厳禁だった。メバザ暫定大統領の政権の運営状況は知らないが、ベンアリ追放のジャスミン革命はウィキリークスやSNS・Twitter等による安上がりな政府転覆の画策によるものと言って良いだろう。本当はベンアリの悪政というよりも米国金融システムの崩壊を阻止する為にFRB・米産軍複合体・ジョージ・ソロス達による石油独占、フリー・エネルギー移行阻止で石油高演出の意味合いが多いソフトな軍事作戦の初戦ではなかったかと推測している。

そこから海岸線を戻りフラミンゴの群れを遠くに観ながらチュニス市街に。まだデモ対策の有刺鉄線が残っていたが道の両側で多くの人達が集ってお茶を楽しんでいた。まだ失業中の人も多くたむろしているように見受けられた。出港時間が迫り地元の土産物商店街でショッピングする時間が僅かしかなく小物をじっくり選べなかったのは残念であった。

2011年10月23日日曜日

地中海クルーズ記 <イタリア>

<始めに>
「MSCスプレンディダ号で行く浴槽付きデラックス・スイート客室で巡る煌きの地中海クルーズ11日間」を堪能して来た。
訪問先は皆初めての所なので,
【概要】で基礎的知識を確認し、【歴史】で史跡の歴史的背景、【感想】で最も印象的だった事を記録に留め今の日本で生きる自分の立ち位置の確認と言動への参考にしたいと考えている。

<行程>
成田→コペンハーゲン経由ミラノ→ジェノバ→ナポリ(ポンペイ遺跡)→シチリア島パレルモ→チュニス(カルタゴ)→マジョルカ島→バルセロナ→マルセイユ(エクス・アン・プロヴァンス)→ジェノバ→ミラノ→成田のコース。

<私の欧州旅行歴>
・私の初めての欧州旅行は8年前元気な時にスイスのツェルマット(マッターホルンの麓の街)に泊り標高3800mのクラインマッターホルンから北イタリア・チュルビニアに滑って降りた時であった(その際パリにも立ち寄った)。→今回その方向をミラノ近郊から遠望出来て感慨ひとしお。

・次は06年モーツアルト生誕200年祭。オーストリア(ウイーン・ザルツブルグ)で全くの素人が本場のオペラを3つ堪能した。特にイドメネオのマグダレナ・コジェナーさんのファンに。

・3回目はEUに注目。07年ルクセンブルグ・ベルギー・オランダ・ドイツ(フランクフルトのみ)を回り、EU本部やECBを見た。域内を縦横に行き交う交通量の多さに欧州の繁栄・統一の成果を実感。(振り返ればその時がユーロのピーク。今日のユーロ・欧州の危機は想像出来なかった→ただし昨今の日米マスコミが連日連呼するユーロ危機は存在はするが米国の財政危機隠しと表裏一体だと理解している)。ナポレオンの破れたワ-テルローの闘いの戦場跡も行った。ロスチャイルドが情報網を生かして巨財を得て以来欧米国際金融資本の中核にのし上がる契機となった重要な場所だ。

・4回目の08年はイギリス周遊。エジンバラ等にたなびくスコットランドの旗が印象的。イギリスとスコットランドの古戦場も印象深い場所だった。又、イギリスは国中、田舎までやたら「For Rent」の家の多いのにびっくり。大不況は始まっていたのだ。ロンドンのテームズ河畔にあるヘッジファンド界の雄マン・インべストメント社も訪問したが直後にリーマンショックが到来した。以降はマン社も大苦戦が続く。
ロンドン塔にあった、世界最大と言われる英国王室所蔵のダイヤモンド、コヒヌールの耀きに見とれる。東インド会社がビクトリア女王に贈ったもので、今はインドが英国に返還を求めている宝石だ。

<その後体調不良>
去年ようやく少し回復したので近場の中国旅行(上海万博・大連・厦門)の3回で史跡を訪ね身体を慣らしていた。今春かなり復活した(と勝手に思っている)手始めに大震災後にトルコを周遊し、その自然・歴史・食料・人情・政治の独立性に感嘆。真の豊かさはGDPや工業化の程度だけでは測れないと強く実感し「先進国」という言葉に大きな疑問を抱いていたが、それが確信に変わりつつある。

<旅行選定と結果>
体調がまだ万全でないので移動が不要で楽なクルーズを今回は選択。まだ行った事のないイタリアの中心都市やチュニジア・スペイン・南仏を巡れる事が出来るこのコースを選んだ。

出発前はチュニジアのジャスミン革命やフランスのマルクール原発爆発事故で気を揉んだが、幸い予定通りの航海で特段問題もなく、闘い続きの地中海の歴史の一端や有名な遺跡の持つ見る人を圧倒する力、イスラムと部分融合したキリスト教会の美しさ、今回は観賞出来なかった有名なミラノ・スカラ座やシチリア・マッシモ劇場の存在感、各地の賑わう市場等を観賞・実感出来た素晴らしい旅となった。

<見どころ満載&豪華・快適さ満喫>

①ジェノバ

【概要】
イタリア最大の貿易港ではあるが、人口60万人(周辺含め90万人)の落ちついた街である。

ウォルター・P・ウェッブは「コロンブスとヴァスコ・ダ・ガマ以来の近代史とは、ヨーロッパによる北アメリカの開発による超長期ブーム」だと指摘している。カール5世の抱いたキリスト教世界帝国建設の夢が敗れた(利子率が低迷する時代)後に訪れた「ジェノバの世紀」(1557年~1627年)を築いたジェノバはその近代史の「海の時代」が始まる中核となった歴史上大変重要な都市である。数百年後その「海の時代」も限界に来て起きたリーマン・ショックの重大性を歴史上の大きな節目の到来(再び利子率が低迷する時代に突入)と捉える必要がある。今度は「海の時代」から再び「陸の時代」に転換していく時代を迎えているのだ。

【歴史】
紀元前6世紀頃から人類が居住。ローマ時代には天然の良港として海運業や軍港として発展した。1100年頃より自治都市となりジェノバ共和国として発展。アマルフィ・ベネッツイア・ピサと共に海洋国家として栄えた。
16世紀には欧州金融を支配し、商工業も栄え重要な軍港であった。黒海貿易を独占し、クリミア半島南岸諸都市・コンスタンティノポリスの金閣湾北部・イベリア半島諸都市に植民地や商館を築き、ベネッツィアやオスマン帝国と覇権を争った
その後1797年ナポレオン・ボナパルトのフランス軍に侵攻され属国(リグリア共和国)に、1805年にはフランスに併合され、ナポレオン失脚後もウイーン議定書でサルデーニヤ王国に編入され11861年のイタリア統一に至る。→いろいろな興亡があったので簡単には頭に入りにくいが、春にトルコに行っていたので少しだけ繋がりが理解し易かった。

【感想】
16世紀の世界の中心と言って良い金融街の建物群が残っている一角があり、趣深い石畳や建築物の表示の渋さ、名器ストラスバリウスのある家等もさりげなく残り、坂道の建物の合間から見える港が往時の繁栄を偲ばせ渋く印象的な旧市街であった。
中心部のガルバルディ通りの名は19世紀にイタリアを統一した軍事家の名前なのでイタリア人で知らぬ人はいないとの事。そこにコロンブスの居住したという家も見る事が出来た。
尚、2001年にここでG8が開催された時はグローバリゼーションへの抗議行動で話題を呼んだらしい。その近代の欧米支配発祥の地とも言えるジェノバで起こった事は皮肉と言うか、現代イタリア人の本能が発達していて別の道を求めているのか。

②-1 ナポリ
【概要】
人口約100万人。世界三大夜景とか「ナポリを見てから死ね」と言われる程風光明媚な土地。輝く太陽と温暖な気候、陽気な人々のイメージの元。

【歴史】
紀元前6世紀に古代ギリシャ人(アテネ人)により建設されたネアポリス(新しいポリス)がナポリの語源。長くローマ帝国の支配下だったが476年のローマ帝国滅亡後流動的に。6世紀に東ローマ帝国のユスティニアヌス1世がイタリア再征服。ビザンツ帝国の属州となり、660年ビザンツ系の公国に。
11世紀にはノルマン人が到来シチリア王国を建国し、1140年ナポリ公国もノルマン人の支配下に。
12世紀は神聖ローマ帝国の支配下に。その後も、シチリア王国→フランス・ヴァロワ王朝→スペインに。1707年には、オーストリア・ハプスブルグ家→スペイン王子がナポリ王カルロス7世となり、その後ナポレオン・ボナパルトの兄ジョセフ等目まぐるしく支配者が変わっている。
1860年にジュゼッペ・ガリバルディに征服され、翌年イタリア王国に併合された
1995年、世界遺産(文化遺産)「ナポリ歴史地区」に。

【感想】
サンタルチア港に入港。本当に美しい!ヌオヴォ城、卵城を見てボンペイへ。ナポリの問題のゴミはチョットだけ見ましたが観光区域はキレイで大きな問題ではないように思えたが…。出港の時も名残惜しく美しい港に見とれてずっと眺めていました。

②-2 ポンペイ

【概要】
世界遺産。79のヴェスビオ火山噴火の火砕流で地中に。
18世紀発掘開始噴火時はローマ人の余暇地として栄え人口約2万人。散策したローマ時代の街フォロは、大理石の柱に花・鳥・動物のレリーフ、肉・魚・パン屋・居酒屋跡、ローマ時代の浴場(内部がとても綺麗)等も残存。噴火の際溶けた被災者の遺体を復元した石膏像もある。

【歴史】
紀元前89年反ローマ側に加わったが征服され周辺のカンパニア諸都市と共にローマの植民地になっていた。ワイン醸造が主産業だったらしい。

【感想】
ポンペイ遺跡から20Km離れたヴェスビオ火山がくっきりと見える。有名過ぎる遺跡だが本当に2千年前の往時の繁栄を偲ぶ事が出来る、多くの人が引き付けられるのが納得のいく所だった。歩いたのは一部のみだが広大で快適で、時空を超えたような不思議な感覚を味わえる空間だった。

③パレルモ
【概要】
シチリア島の州都。独自な国際色豊かな文化を生みだした、 中世シチリア王国の古都。

【歴史】
紀元前264年~241年の第一次ポエニ戦争で、カルタゴからローマの支配下に。(313年コンスタンチノポリスに首都を移す。その後395年東西ローマ帝国に分裂。476年のゲルマン人の侵入で)西ローマ帝国滅亡後は東ローマ帝国領となった。
9世紀にはイスラム勢力が侵入、965年陥落しシチリア全島がイスラム支配下に。パレルモは30万人、モスクも300余、キリスト教徒やユダヤ教徒も共存して中世ヨーロッパには見られぬ繁栄を極めた。
11世紀はノルマン・シチリア王国、神聖ローマ帝国、13世紀に仏アンジュー家に征服されるが反乱でナポリへ追い出し、スペインのアラゴン家支配下に。1479年以降スペイン副王が駐在。
スペイン継承戦争で一時オーストリアに渡るが1734年スペイン・ブルボン家カルロスがナポリと共に征服、王宮をナポリに。ナポレオンの侵攻で一時パレルモに逃れるがウイーン条約体制で両シチリア王国の王宮は再びナポリに。1860年イタリア王国に併合される。
第2次世界大戦で連合国軍がシチリア上陸作戦を行い爆撃で破壊された。近年、大聖堂、ノルマン王宮跡、教会等旧市街が再生・保存されている。

【感想】
高台の街モンレアーレも階段を上り大聖堂に。12世紀にノルマン・アラブ様式で建立。内部は旧約・新約聖書の場面が黄金のモザイクで描かれキリストのモザイクも圧巻だった。ティレニア海も展望し両側のショップも楽しめた。午後は市内観光。マッシモ劇場はゴッドファーザーも撮影されたヨーロッパ屈指の大劇場だが中に入れず残念。いずれオペラを観に来たいものだ。

2011年9月28日水曜日

雑 感:日本の「自由や人権」は無くなってしまうのか?

<始めに>
驚いた事に「日本」と入力したら上記タイトルが自動的に出た。多くの人達が危惧しているテーマなのであろうか。そして日本の「自由や人権」は結論から言えば「かなり危うい段階」まで来てしまっていると言えよう。

<何故そうなって来たのか>
これまで宗主国の米国が巧妙に官僚・マスコミを使って管理して来たので私等は最近まで気付かなかった。日本は敗戦後サンフランシスコ講和条約締結後もずっと実質的には独立国では無く米国に完全に隷属した官僚・マスコミを通じて上手に支配され続けていたのだ。

特に最近の米国は金融政策・投資の大失敗で大赤字を負ってしまっていて、その負担を多くの世界中の国民に有無を言わさず押し付けようとしている段階だ。リーマンショックを上回る国際金融システムの崩落が間近に迫って来ている。(10月中という人も出始めた)それを帳消しにする為の(核)戦争という人類の大虐殺の危険性も出始めている。

既に米国内における「自由や人権」の抑圧は進行しており、日本も同様の法律を導入して抑圧していく過程にある。裁判員制度や検察審査会制度がその道具となって陸山会事件に繋がっている。司法は既に問答無用で隷属を要求し始めているのだ。

これに対抗する勢力はまだ十分団結するまでに至っていない。しかし潜在的に米国への完全隷属を良しとしない人達が根強く存在するのは当然であり、今後どういう流れになっていくかの岐路で激しく綱引き・小競り合いを継続している段階だ。

米国も既に圧倒的な一国覇権を維持出来る経済状況でなく、日本の官僚・マスコミ・自公・民主党の隷属グループを通じて日本の富を奪い取り覇権の維持を図ろうとしている。しかし本当の国民世論をバックにした小沢グループの抵抗力は根強いものがあり、2012年からの導入を強行しようとした消費税増税も2010年代半ば以降にまで後退した。その替わりにやむを得ず復興増税だと偽り、所得税・住民税増税を2013年から導入する事で押し切ろうとしているが、良識派の抵抗でその税率も僅かだが引き下げられて決着しそうだ。

<背景>
米国とその手先の官僚達は日本をTPPへ強制加入させ国民皆保険もなし崩しにして完全に米国とほぼ同一の制度の国にさせて中小企業を潰し、大企業に利益を集中させて株式を買い占め経営権を握って支配を強化していくつもりのようだ。

何よりも軍隊・検察・警察・記者クラブマスコミ・司法を完全に支配して、暴力や暴力的言論で恐怖政治を行わせようとしている。一昔前には同様の手段で共産党の幹部・民社党等を寝返らせ55年体制を作りうまく管理して来たが、それが崩れたら今度は菅や仙谷・枝野等の左翼崩れ中心の民主党を通じて日本を管理しようとしている。しかし資本主義経済知識も義理人情も欠落した彼らを日本人が信用する筈もなく、まして前原如きゴマすり綺麗ごと上っ面人間では例え米国が全面的に支持しようと日本をまともに統率出来る筈がないではないか。

日本の戦後資本主義の発展を担った中核である保守層の良質有能・勤勉な人達が小沢氏を支持する層を形成しているのだ。この人達を米国・官僚に完全に隷属しないからと言う理由で排除したら、何の理念も無い屑とゴマすりと苦労なしの2世お坊ちゃん政治家ばっかりで日本を管理しようという事になりうまくいく筈がない。

官僚組織がある意味優秀な事は否定しないが、前例踏襲が主で変化に対応出来ず自分達の権益維持以外に関心がない人達が、どんなに力づくで自主的・自立的・創造的国民を抑え込もうとしても心が通じず、無理である。それでも無理やり押さえ込もうとすれば米国の一国覇権の衰えを加速させる位の抵抗を覚悟すべきだろう。

<今後の展開の観測>
①福島原発事故の被曝の悪影響を最小限に抑え込む事。これは経産省・文科省・厚労省・環境省・東電・マスコミの権限を大きくせず、地元に財源を委ねてやっていくべきだろう。ただ宮城県等が大企業・外資中心の復興を考えているようだが一部はやむを得ないのではないか。

②共謀罪や人権擁護法案等の悪用でますます息苦しい国家に向かうのであれば、日本人や日本の文化は滅びに向かい、今のチベットや大昔のカルタゴのようになってしまうリスクも孕んで来た。

③特定の宗教を持たない上に、喜怒哀楽の怒の感情まで失ってしまったら存在してもあまり意味がなくなっていく。特定組織の利益に完全隷属する・現世利益のみ追及する宗教にのめり込む、でない宗教・倫理の大切さをもう一度考え直し徹底的に論議する時期が来ている。各自の行動規範がバラバラで皆が個利個略・趣味趣向も1億人1億色ではバラエティーに富むとか個性的でいい等と言っていられるレベルではないのではないか。党の綱領の無い民主党ではうまくいく筈が無い。

④共産主義・社会主義でない自由主義・資本主義で極く少数の強者の独り勝ちでない調整・再配分をうまくやり多くの人が納得するやり方は熟議すれば十分可能なのではないか。帝国主義・軍事力等暴力第一主義を超克する事は難しいがやらないと戦争しか無くなってしまう。

<最後に>
国というものが存在する以上、そのリーダーの資質・行動は本当に大きな影響を国民に及ぼす。今は世界中が混乱・激動期を迎えている。日本はその上に恐ろしい原発事故が加わっているのだ。

更にマスコミの劣化・思考力低下がこれ以上は考えにくい所まで来てしまっており、国民も近い将来に命・健康に悪影響を及ぼす被曝問題には多大の関心を持つが(それでも脳天気な人達もいる)
国家の根幹をなす司法の公正・税制の中立・平和を守る軍備の在り方・警察の在り方への関心が諦めからか巧妙に思考力を奪われた為か、関心が薄くなり過ぎている。

しかしUst・ブログ・Twitterの発展、情報交換が新しい胎動を起こし始めたのも事実だ。良質のフリー・ジャーナリストやNGO等の団体・個人の活動がますます良い相乗効果を齎して、少数者の力に多くの人達が屈服せず連携していく事が重要になっている。
ただこの人達は一つ一つの団体・一人一人の個人の個性が強くあまり纏まって行動する事は好きでも得意でもなさそうだが、いずれ大同団結していく事を期待して毎日コツコツ歩んでいきたい。

2011年9月14日水曜日

トルコに学ぶ

<始めに>

今年4月初旬に11日間のトルコ旅行に行って来た。それまでトルコの事はあまり何も知らず庄野真代の「飛んでイスタンプール」位しか思いつかなかったが、
①西洋と東洋の狭間で燦々たる歴史を持ち、現在は親欧米国としてNATO、欧州評議会等に加盟している。欧州と中東のイスラム諸国との仲を取り持ち、国際的に存在感を深めている国である事。
②イスラム教徒が99%のお国柄で、イスラムの雰囲気に触れてみたい事。
③料理も世界三大料理で美味と聞いている事。
等があり旅行先に選んだ。成田→アタチュルク国際空港迄トルコ航空で12時間で行ける国だった。

<長く深い歴史の宝庫。活気溢れる誇り高き国だった!>

イスタンプールとイズミール、エフェソス遺跡、パムッカレ、カッパドキアを巡った。

【イスタンプール】
ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側に分かれている1400万人の都市。ビザンチン帝国時代はコンスタンティノポリス、その後オスマン帝国の首都として繁栄を続けた。欧州側は金角湾を挟んで旧市街と新市街に分かれている。

この見所の多い街の中でも圧巻はブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャミィ)と呼ばれるイスラム教寺院だ。天井の高いドームの内部装飾の青いタイルの美しさは息を飲む。ここは現役の寺院で多くのイスラム教徒がメッカの方角に向けて参拝している中、観光客も受け入れてくれているのだ。(バリ島では外部からの撮影も許されなかったが)又この寺院は6本のミナレット(尖塔)を持つのでも有名。(通常は4本で、他に6本あるのは聖地メッカだけだそうだ)
地下宮殿の貯水池はビザンチンからオスマン朝にかけて作られたもの。ギリシャ・ローマの遺跡から運んだ柱を使っている。ボスポラス海峡クルーズを楽しみ、トルコが原産のチューリップの公園も散歩出来た。(オランダより綺麗だった)グラントバザールで買い物(値引き交渉も楽しい)し、夜はベリーダンスを楽しんだ。
最終日アヤソフィアへ。もとはキリスト教の寺院だったが1453年コンスタンティノープル陥落とともにイスラム教の寺院に作り替えられた寺院。2階にキリスト教のフレスコ画が残されていた。(完全に消してしまわない事に興味を抱く)最後にオスマン朝のサルタンの居城トプカプ宮殿へ。ハーレム跡と、宝物殿の49個のダイヤモンドで囲まれた86カラットのダイヤモンドは見物であった。
【イズミール】
トルコ第3の都市。エーゲ海の真珠と言われるリゾート地。夏になると欧州各地からの避暑で賑わうというが4月はひっそりとした中でホテルからのエーゲ海の展望は素晴らしい!の一語に尽きた。
【エフェソス】
紀元前11世紀にイオニア人が作り約10万人が暮らしていた都市の遺跡。当時の議会でもあった音楽堂(ソクラテスも演説した?)等目抜き通りを歩きタイムスリップを味わった。近くに旧約聖書にも描かれているという“聖母マリアの家”へ。
【パムッカレ(緑の城)】
広大な階段状の石灰棚で青い水が美しく眺望も素晴らしい。BC190年頃はヒエラポリスという街があったとの事。
【カッパドキア】
TV・絵ハガキ等で見た事があったが、巨大な1枚岩の城塞や奇岩群は数もスケールも行って実感して欲しい。奇岩の洞窟の中に作ったホテルにビックリしたが良いホテルだった。別の洞窟住居に今も暮らす夫婦にお茶を頂いたり、BC400年頃キリスト教徒約2万人が暮らしたカイマクルという地下都市を尋ねたり。興味は尽きなかった。
現在は原発もなく(計画はあるようだが)、周囲を黒海・マルマラ海・エーゲ海に囲まれ海の幸も豊富。土地も広大で麦・野菜・果物・オリーブに加え米まで取れる。収入もそこそこで本当に暮らしやすそうな魅力的な国であった。

<政治>


【建国の英雄ケマル・アタチュルク】
・1914~18年の第一次世界大戦中にオスマン帝国は中央同盟側で参戦。首都イスタンプールの喉元の街ゲリボルやアナファルタルに進行した英仏軍を食い止め「アナファルタルの英雄」と名声を得る。その後も英連邦軍に抵抗を続けたが1918年10月末連合国とオスマン帝国は休戦協定を締結した。
・1919年連合軍の分割占領に反対運動がアナトリアで起きた際、反占領抵抗運動の指導者に。
5月19日、港町サムソンに上陸した日をトルコ共和国開放戦争開始の記念日としている。
・1920年アンカラで大国民議会を開催。議長として革命政権へまとめあげていった。西方からのギリシャ軍をサカリヤ川の闘いで撃退。
・1922年イズミールを奪還。国民議会でスルタン制廃止。
・1923年10月29日トルコ共和国初代大統領に就任。大統領暗殺未遂事件後、反対派一掃の為共和人民党の一党独裁体制を樹立。憲法からイスラムを国教と定める条文を削除。トルコ語の表記もアラビア文字を廃止しラテン文字に。

【ケマル主義=世俗主義・民族主義・共和主義】
トルコ共和国の基本路線。アタチュルクは成功した正しい独裁者として今も国父としてトルコ国民の深い敬愛を受け続けていて、像や廟、通りの名前、トルコリラの肖像等、行き過ぎた神格化と批判も出る位である。現代トルコの政治思想における重要な潮流となっている。

【エルドリアン首相】
2003年より25人目の59~61代首相。公正発展党。
昨年5月パレスチナのガザ地区に支援物資を運ぼうとしていた船がイスラエルに捕えられトルコの活動家が9人死亡した件でイスラエルが謝罪しない為今月イスラエル大使を国外追放した。又13日カイロでのアラブ連盟の会議で演説し、「イスラエルはその攻撃的姿勢で孤立するだろう」と非難している。

一方、中国にもトルコ系イスラム教徒である新疆・ウイグルでの騒乱に同情し「同化政策を止めるよう中国政府に求める」と申し入れている。

EUへの加盟交渉は始まったばかりで停滞している。米国の中東政策への反感もあり民族感情が高まりつつある。ただ国内のクルド人への人権抑圧問題も抱えており他国の人権問題への介入は微妙な立場にある。

この国の政治的立場は本当に面白く全く眼が離せないが、民族自立の面では日本と違い羨ましい。
日本とは対照的で、爪の垢を煎じて飲みたい位である。

<宗教>


【何故イスラム関心を抱いたか】
勿論、私も普通の日本人なのでイスラム教について知識も無く、縁もゆかりもなかった。ただ外国に行くとイスラム教の存在が大きい国も多い。最初はバリ島でイスラム教寺院の外部からのカメラ撮影を禁止された事に始まる。その後モルジブやマレーシアで接したイスラムの若者達は皆生き生きした優しい人達が多かった。又インドのカリカットでは礼拝の声が街中に響き妙に落ち着く感覚に捉われた。その後中国の厦門でも泉州でもイスラム寺院が多いのにも驚いたものだ。マルコポーロより先に大航海した中国の鄭和はイスラムだったとも聞いた。

2001年の同時多発テロ以降、十字軍の話が持ち出されたりしてイスラムが敵でテロリストが多いという話には何となく違和感を持っていた。イラク戦争から10年、アフガニスタンも膠着から部分撤退
の流れの中でこの戦争は米国のいうシナリオ通りで捉えていては一面的過ぎ、相手国やイスラムの言い分もキチンと把握しないといけないと考えるようになっていた。

【小室直樹著日本人のためのイスラム原論】
この著作は文句なしに多くの日本人に読んで貰いたい。「一神教の論理」を知らずして現大世界を語るなかれ!から始まり、眼から鱗の話が満載だ。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも一神教であるが、イスラム教とキリスト教とは同じ一神教でも天地雲壌の違いがあるという。

イスラムでは、宗教とは法である。…法とは神との契約である。神との契約は宗教の戒律であり、社会の規範であり、国の法律である。この四つがまったく一致するのが宗教の理想であり、イスラム教はまさにそのとおりである。…

イスラムでは教えのエッセンスが「法を守れ」に縮約され、理解を絶するような教義は、一つもない。誰にも至極分かり易い…

一度通読しただけだからキチンと語る事は出来ないが、キリスト教の原罪論およびイエスの贖罪による人間の救済、三位一体説、予定説、神の国マリア…と言われてもピンと来ない。しかしイスラムの五行「五つの柱」は分かり易い。第一が信仰告白、第二が礼拝、第三が喜捨、第四が断食、最後が巡礼だそうだ。皆割合簡単に出来そうである。
そしてどうやらこの五行はそれほど厳格過ぎるものではないようなのだ。例えば断食は全信徒の義務であるが、妊婦や子供、或いは病人等は断食などしなくても、ちっとも罪の意識におびえる必要もまければ、憚ることもない。明確に定められた例外規定に従っていれば、規範を破った事にならないのである。…この合法的例外をいろいろ聞くと実に納得のいく事が多いのに驚くのだ。

損害保険会社で38年間勤めて来た私は資本主義の長所と短所を一応骨の髄まで沁み渡らせて来たと思う。2001年になって以来、いわゆる新自由主義に大きな違和感を抱いてその問題点をささやかに指摘して来たが、その矛盾が極大に近付いた今、このイスラムの教えはとても大切な教えであると感じている。

<最後に>
勿論63歳にもなって無宗教の日本人で過ごして来た私がこれからイスラムに入信する事はあり得ないが、凄く共感した上記小室直樹著の次の言葉で締めくくりたい。

現代日本の病根は「無宗教病」にあり
イスラムを知る者は祝福される
世界の宗教を理解するからである
世界そのものを知るからである
以上

2011年8月30日火曜日

やはり大変な時代が始まった!



<始めに>
覚悟はしていたが日本にも解決の難しいテーマが一挙に到来して来ている。ここを何としても乗り越えないといけない。
 大きくは3つだ。

1.政局と増税
2.被曝リスクと脱原発
3.米軍戦略と尖閣諸島問題

いつもながら私の能力を遥かに超えるテーマばかりだが、全ての問題に手を出し大切なポイントを絞り込んで見たい。

1.政局と増税

野田新首相=財務省の傀儡政権である事は誰の目にも明らかな事実だろう。勝財務省事務次官に寄りそっているらしい。当然増税路線をひた走る事になるがこれは政権獲得を可能にした2009年総選挙時のマニュフェストの内容と全く正反対のものである。
菅政権で決めた「税と社会保障の一体改革案」は2010年代半ばまでに経済条件の好転を条件に消費税率を10%に引き上げると決定しているが、この早期推進と復興臨時増税
を目指す政権の誕生で、とても許容出来るものではない。


消費税増税に慎重で2年前のマニュフェスト重視の小沢系は海江田経産相を立て闘ったが一敗地にまみれた。支持者からは新党待望論も出ているが、ここの闘い方の戦略は小沢氏に一任したい。カネもないので新党結成はそう簡単にはいかないし、それよりもマスコミが捏造した「政治とカネ」に騙されているB層がまだ遥かに数が多い状況をどう克服していくかという大きな問題があるのだ(野田新首相が輿石幹事長を選任したようだが、これで何が何でも増税路線という最悪の事態が避けられる可能性も少しだけ出て来たが油断禁物だ)。


この克服には粘り強い忍耐力・活動が必要で時間もかかる。何せ長い間確固として築きあげられた官僚制度と闘っているのであり、そう簡単にいく訳がない。一つ一つの闘いを勝った負けたと騒いで小沢さんの判断力や味方の各議員の質や戦略を批判する人達は、本人は自覚がないが新自由主義に脳が半分やられた思い上がった連中である。


これからの敵は財務省を中心とした官僚・マスコミ・自公・反小沢民主党の全ての増税優先者となる。次の闘いは本当に厳しくなる。小沢系は一心会・北辰会等3つを統合するそうである。もう次は負けられないので政策の共有で盤石の体制作りと、支持の輪をどう広げていくのかの戦略が必要になってくる。正しい主張だけしてても無理。ただ目先のカネ・ポストが欲しいだけのマスコミに支配される議員・有権者の分厚い層をどう切り崩していくのか。


最後に増税緊縮路線は欧州・米国を中心にした世界経済の大きな枠組みの中の一つの動きで、中国・中東も含めた視点が必要な事は当然だが大きなテーマなのでここでは触れない。


2.被曝リスクと脱原発


(1)被曝リスクをどう見るか


原発作業者の被曝も重大な問題で急性白血病の死亡者が出たのに、東電は原発との因果関係を認めないのも酷過ぎる大きな問題で徹底的に追求していく必要があるがここでは詳しく触れない。


問題は被曝リスクについては「低線量被曝リスク」をどう捉えるのが正しいかで大きく立場の違う二つの見解がある事だ。チェルノブイリとの比較も重要で映画「チェルノブイリ・ハート」を見ると、恐怖感から逃れられなくなる程酷いものである事が分かる。しかし眼に見えないばかりか晩発性の障害は数年後~10年後にならないと顕著な障害が現れないという事で暫くは問題が顕在化しにくい。事故後半年で胎児には深刻な影響が出始めるとの説もあり、事故後急増したという鼻血や下痢の症状がそれで済むのか、将来の慢性白血病や癌に移行する初期症状なのかまだわからない事が多い。


乳幼児や小中高の子供を持つ特に母親が神経質になって心配するのは当然の事で、それを神経症だ放射能ママだと揶揄したり非難する行為は決して許されるものではない。母親達が食品の放射線量を考え産地を選び極力内部被曝を避ける事で将来の障害発生度合いが大きく異なってくるのは事実だと思う。仕事・家等考えて大変でも命・健康第一で移住する人達にはエールを送りたい。


ただ一方で関東圏で暮らす程度なら過度に被曝を恐れてばかりいるよりは、生活や趣味に打ち込み夢中になっている方が発がんリスクも減るのではないかという類の主張も生活者の立場で一般論として言うならある程度は納得出来る。しかし医師の立場の人が不勉強でまだわからないのはやむを得ないが、確立された学説で危険が明らかなもの以外は安全だと言い張る姿勢は決して許されるものではない。
山下俊一教授も「1年間に許容される被曝量を100μSV/hまでは妊婦も安全」と言っていたのが誤りで、10μSV/hが正しかったと後でこそっと訂正したそうだから驚く。「子供達を被曝から守るネットワーク福島」が「健康リスク管理アドバイザ―」解任を求めるのは当然であろう。


(2)脱原発について


福島原発事故を見て初めて、原発は危ない、二度とこんな事故は御免だ、早く原発をゼロにしようという人達が沢山現れて来たのは当然だ。しかしこれまで国の中心施策として長年続けて来た原発を一気に全てすぐ止める等という事が出来るとは思えない。


何せ最近までずっと経団連のトップを続けて来た日本有数の巨大企業だ。電気を独占し高い電気料金で有り余る資金を持ち、政官業学マスコミ全てを買収して来たと言って過言ではない日本の屋台骨だったのだ。これをどう減原発しエネルギーシフトしていくのかは綿密な工程表が必要だと思う。一定の時間、施設の部品が脆化していないか、耐用期間は大丈夫か、地震が来たらどうしようか、まして又大津波が来たらどうしようと怯えながら暮らす覚悟も必要だ。

まして核燃料サイクルに必須のもんじゅ・六ヶ所村に至っては危険極まりないプルトニウムを平和利用しようという夢からスタートしていて事故が起きても盲信している専門家達が多数生き残っているから始末に困る。第2次大戦終結時には陸軍の精鋭部隊で本土決戦を強く主張する人達を広島に集め原爆を落としたという史実もあるようだが、原子力村のプルサーマル計画狂信者を纏めて葬り去る方法もないのだ。

更には核をいつでも作れるプルトニウムの大量保持を決して手放したくない日本の核武装をもくろみ続ける人達や、米軍の核が日本各地の基地に実は保管されているらしい、福島原発はイラク戦争の劣化ウラン弾の供給基地だったのではないか等々私達の到底知りえない軍事機密が他にも沢山ある事は想像に難くない。

あれやこれやで脱原発が難しそうな理由を挙げて来たが、だからこそ脱原発が必要であり、それをなるべく早く実現する為には余程のエネルギーが必要であると言いたかっただけだ。そこで福島や近県のまさに被曝リスクに直面している方々は別にして関東圏の中高年は被曝リスクを極小にする為の行動ばかりせず、おおまかに避け、あとは多少腹を括って脱原発を実際にどう進めたら良いのかに焦点を絞って学び活動して行って欲しいと思っている。

3.米軍戦略と尖閣諸島問題

(1)米軍の戦略

大それた事が何も分かる訳もないが、カネが足りないから各地で苦戦している事だけは確かなようだ。リビア攻撃も爆撃はせず無人偵察機で英仏軍の爆撃を有効にする情報の提供とか、カンボジアのアウン・サン・スーチーが政権獲得を諦め、中国の後ろ盾のある軍事政権に協力する事にした等は相対的な影響力減の証拠だろう。

パキスタンのビンラディン殺害やNO2の殺害はパキスタンへの軍事的影響力が弱まって来ている中で、かっての協力者達との微妙な関係があったのではないか。いずれにせよここも中国の影響力が強まって来ているようだ。

中東各地の政権が順次倒されていっているのも、欧米の支持で各国を支配して来た政権をネットで民衆を扇動して倒して、その石油利権の一部を奪おうとするものであろう。少しでも多くカネが無いと困る状況なのだ。日本のやくざの資金奪いも同じ理由だと思う。

(2)尖閣諸島問題

(以下孫崎享著 日本の国境問題より抜粋)

中国は経済大国化し、急速に軍事力を強めている。在日米軍ですら中国の攻撃に危なくなってきた。東アジアの軍事バランスが変わりつつある。尖閣列島をめぐる日中の立場は対立したままである。今後必ず尖閣列島をめぐり新たな緊張が出る。それにどう対応したらよいのか。日本の大きな課題になる。

尖閣諸島の領有問題は「尖閣諸島が台湾に属するか、沖縄に属するか」である。日本が、琉球王国を強制廃止して琉球藩を設置したのが1872年、明治政府が琉球藩の廃止を宣言し、鹿児島県に編入したのが1879年である。琉球は大国中国と日本の間に挟まれて長い間、微妙な外交を続けて来た。琉球王国(1429年~1879年)は中国との間で、宗主国・属国関係の一種である冊封関係にあった。

安保条約は「日本の管轄の下にある領域」に攻撃されたときに米国は「自国の憲法上の規定に従って行動する」のである・・・北方領土は日本が管轄していない。従って安保条約の対象ではない。…竹島は…実態は韓国領である。従って米軍は関与しない。…米国政府は尖閣諸島を日本領とみなしていますか、中国領としていますか、中立ですか・・・実際は中立である。
(引用おわり)

日本のマスコミの罪は非常に大きい。2010年9月7日の海上保安庁巡視船が中国漁船とぶつかり船長を公務執行妨害で逮捕した件は、国民に上記の事実を解説しないまま中国への対抗心を煽りに煽った。これは事前にジャパンハンドラーズのアーミテージが来日し前原国交大臣(当時)に命じて捕まえさせたと言われている。米国内にも産軍複合体と国務省との路線の微妙な違いがあるようだが、前原を押すアーミテージの子分のマイケル・グリーンらは何とか日中間に紛争を起こさせようとする危険極まりない勢力である。彼らは外務省・防衛省に多くの子分を持っているので、こんな連中が政権を握ったら大変な事になりかねないのである。

今回幸い前原を3位に沈めた事はそれだけ紛争の可能性を減らす事が出来たと言える。
日本のマスコミが本当にバカだと思うのはあと2つある。

一つは中国の軍事力の拡大を冷静に分析しない事だ。核兵器・ミサイル・爆撃機・空母・原潜等強大になっている。今はまだ対抗出来るが将来は相手の方が強くなるから今のうちに闘うなんてバカな事を本気で煽ろうというのか?民衆から税金を取りまくり困窮させ不満を中・韓・露・北朝鮮に向けさせる?そんな馬鹿げた事をやるのはただ新聞が売れTVの視聴率が上がるから?いい加減にしなさい!

中国にも勿論好戦派も沢山いる。戦前の日本軍に対する恨みも間違いなく存在する。彼らはやられた方だから二度とやられないようにキチンと歴史教育をして戦史を教えている。片や米国に占領統治された日本は米国との戦いは殆ど教えず、原爆被害も中国侵略すらもまともに教えていないのだ。マスコミは折に触れ正しく歴史を語るべきだが何も知らない考えないただ米国の意向に沿った事だけ言う有様だ。
しかし中国人も豊かに日本のアニメや文化・製品を喜んで購入する大金持ちも増えた。その程度で済めば良いが土地や不動産の取得等も始まっているようだし国債も買いだしたようだ。これに反対する人も多いが米国に株を買われ企業の経営権を取られ日本人が酷使されても何一つ問題にしないのだ。

二つ目には中国経済の見方だ。不動産バブル、チベット問題、格差問題、環境問題等で崩壊のリスクばかり誇張されて報道する。私は金融経済を個人的に研究しているが専門家からはほど遠いと自覚している。しかし日本の中国経済に関する報道にはかなりの偏りがある事は確かだ。中国経済は順調です。行って見て良く調べればわかります。これからも多少の波風はあるが順調に伸び、2020年前後には米国を凌ぐ存在になる可能性が強いのです。
日本人は狭い心の人がかなりいて、どうしても中国が日本を凌駕する存在になる事を認めたくないようで、読売や産経がその最たる人達です。彼らがいわゆるネットウヨを扇動して本当に低次元の争いを煽ろうと懸命で、愛国心を過激に標榜する人達というのは本当の国益を踏みにじろうとする人達です。

田中角栄・大平正芳VS毛沢東・周恩来の成し遂げた国交回復・日中友好の礎は本当に貴重なもので、これを継いでいこうという政権は米国にとっては不利益なので徹底して潰そうとしています。鳩山・小沢政権潰しに狂奔する米国・官僚・マスコミ連合軍には自分達の利害しかなく、日本人の利益にとってここでつまらぬ争いをする必要は全くありません。
尖閣諸島についてしっかり防衛する事は良いが現場でいがみ合うのでは無く、中央政府間の賢明な交渉が必要だと思います。

<最後に>
戦後のGHQやその影響を受け完全に魂を抜かれてしまった日本人は、その代表者で米国の代理人である官僚に牛耳られてここまで来た。それに反する政権は謀略で悉く潰されて来た。小沢さんは地味だが全くブレず日本の普通の国益を追求している。これに気付いた人達は心底小沢さんを信頼している。この人達を小沢主義者とかいろいろ揶揄するマスコミやこり固まった連中も多い。2年前にやっとその魅力に気付いた私が双方の人と話をして見ると小沢フアンの人間性の深さ・幅広い視点は素晴らしく、到底権威・権力に盲従する人達の比ではない。
勿論いろんな立ち位置で距離の遠い人も多いのは当たり前だ。忙しくて西松事件や陸山会事件の本質等分からない人が多いのも無理からぬ所だ。
ただひとつ言える事は公務員改革抜きの増税も脱原発も尖閣諸島での平和維持も、民主党だ社民党だ共産党だ国民新党だ等と言っている場合でない事は確かだ。みどりの政党的なものもいろんなNPOも皆で力を合わせて実現していかなければ不可能な課題だ。
連携しましょう!

2011年7月31日日曜日

福島原発について-その7

トルコ・アヤソフィア
「今抱えてしまった大きな問題点」のうち最後となる5番目についてです。

1.東電と政府の損害賠償責任について
2.福島原発放射線の影響と対策
3.福島原発事故の実態解明
4.日本の原発政策の本当の意義とは?
5.日本経済に与える影響と増税の可否

5.日本経済に与える影響と増税の可否
(政府は何故復興増税等という天下の愚策を強行しようとするのか?)

(1)根底にある増税の流れの背景

 そもそも何故現在円高なのか?について簡単過ぎる理由を認めようとせず、国民に隠し通そうとしているのが財務省です。理由は只一つ米国財政が破綻の瀬戸際にあるという事実です。
(菅政権はほぼ100%官僚のいいなり政権で野田財務相等は知識も覚悟も足りな過ぎで問題外)
 
これは今ちょっとおカネが足りないという次元では無く、米国中心の「国際金融システムのシステミック・リスク」であり、リーマンショックで多くの金融機関が破綻した後の深手がケタ違いに酷い事です。株式市場に大量の資金を投入して立ち直ったように見せかけて来たが、もうこれ以上の維持は難しく、本当の危機はこれから始まるのだという事です。

リーマンショックで大きく傷ついたのは欧米であり、日本は比較的軽症だったのでもっと早い段階で円高になるのが当たり前だったが、欧米が一生懸命にお化粧をしていたので今頃顕在化しただけ。日本も苦しいが米国・欧州の方がより崖っぷちなのです。

日本が蓄えて来た1兆1378億ドル(2011.7.7財務省発表)の外貨準備高は中国に抜かれたとはいえ世界第2位の高い水準にある。この一部を売却し日本の震災復興に充てれば良いと私達素人は皆そう思う。しかし米国の属国である日本の財政の実権はずっと財務省が握っており、彼らは米国に忠誠を誓っている為か、決して米国債売却の検討を絶対に出来ない。このお金は既に米国に貢いだもので日本人はもう使えないと考えざるを得ないのだ。

888兆円もあっても使えないばかりか僅か10兆円程度の復興財源を全て増税で賄い公務員制度改革(公務員も身を切る)には一切手を付けさせないで国民に全て負担させようとしている。
こんな事は本来は許せないのだが隷米の自公政権やそれ以上に隷米を極める菅政権は米国の意向に決して逆らえないのでこの政権や亜流政権が続く限りやむを得ないのである。

(2)復興税→消費税増税への流れ作り
 
復興税の内訳は、まだ今後政府の税制協議会で詰めていく段階で詳細は未定。法人税と所得税の増税で広く薄く長くが基本方針のようだ。菅政権の言動を辿り、発足当初から復興委員会の論議を見れば極めて明快だ。最初は消費税増税を自公と組んで強行しようとしていたが元々根強い党内の反発の上に、大震災に襲われ反発が更に強まり復興委員会が当初予定していた消費税による復興増税の旗ををひとまず降ろし、当面は法人税と所得税増税で繋ぎ、2010年代半ばに消費税増税に切り替える腹積もりのようだが今度は財界が反発しており予断を許さない状況が続いている。

日本は1990年代初頭のバブル崩壊以降、原材料の高騰や中国・韓国等手強い競争相手の出現等で貿易等の薄くなった利幅をコスト削減により凌いで来た。とりわけ人件費を非正規雇用に切り替える事によりより圧縮して利益を拡大してきた。この為国内の貧富の格差が大幅に拡大している。  ここにリーマショック、東北関東大震災と続いており、ただでさえ困窮しているのに更に消費税増税すれば多くの低所得者の生活困窮に止まらず、消費減退→失業増大→大不況の到来→社会の大混乱→本格的衰退に繋がっていく可能性がある。

しかし増税が小規模に止まれば秋以降当面は震災復興需要により景気を持ちこたえる事が可能となろう。

(3)増税の前提条件=公務員制度改革先行が必要なのだが…

日本が官僚主権国家だという事はある程度言われて来たが、今回の福島原発事故発生以来その実像が次々に明らかになって来ている。皆が官・政・財・学・報複合体の利権構造のあまりの強固さ、複雑な絡み合いを知る事となり、その力関係や仕組みが連日twitterやブログ、書籍でより詳細に多くの人達に知れ渡って来た。

とりわけ経産省と東電・学者・マスコミによる原発事故原因報道の隠蔽、放射能拡散状況の隠蔽、低線量被曝の危険性隠し、計画停電等電力供給不足煽り、反対者への圧力強化等でひたすら原発稼働再開に繋げようとする強引さは、連日連夜全て多くの国民がはっきりと目にした事である。
あらゆる手段を総動員して現行体制を守ろうとする姿勢に、彼らに対する恐怖感・警戒感もさる事ながらある種の哀れさが漂うと言ってよい。もう何も見えずに権限を振り回せばこれまで通り乗り切れると本当に思っているのだろうか。保安院のとかげの尻尾切りだけはやむを得ないと諦めたようであるが。

今や日本人でゆとりが残っている層は縮小しており各分野の一握りの成功者以外残っているのは公務員だけである。この人達が全く自分達の身を削らず、あらゆる利権は手離さず、国民のみに負担を強制する冷酷な人達である事も連日明らかになってきている。

年金原資の行方も話題になりだしている。少子高齢化で社会補償費の抑制も必要だ。制度改革や消費税増税もいずれは避けて通れない課題なのかも知れない。しかし財務省・マスコミの財政困窮キャンペーンは国の資産を無視し負債のみを強調したあまりに幼稚なPRである。もし財務省・マスコミのいうような危機的状況ならもうとっくに円の暴落になっている筈なのだ。事態は全く逆な事はもう知る人ぞ知る状況で、騙しはもう効かないのである。
将来消費税増税が必要でも、その前に国家公務員の待遇切り下げが先決・必須条件なのでありこの問題を実行出来る内閣の実現が求められるのである。

(4)米国の日本支配進展の深刻さ

ソ連崩壊後米国のターゲットは日本になり、年次改革要望書によって日本経済を支配下におく戦略が続いてきた。2000年以降行き詰まった米国はイラク戦争等で打開を図るが、逆に更に財政困窮が深まって来た。今は財政再建を福祉切り下げでやるか富裕層増税でやるかで揉めている。軍事費削減は二の次のようだ。

急増する米国債の買い手は中国と日本だけだったが中国も歯止めがかかり、米国財政の破綻を避けるため日本政府への圧力は私達の想像を絶するレベルである事だけは想像がつく。これに軍事的面からの圧力もあるとしたら私達に対抗手段はあるのか?核の存在が噂される基地と潜水艦に国土を占拠され、日本の実権を握る財務・外務・防衛・法務・経産官僚全てが日本の首相より米国の意向を重視して揺るがない事務次官に率いられているとすると事態は深刻を通り越しているのかも知れない。
福島原発事故の収拾が事故当初早い段階から米国高官によって指導(実質的には指揮?)されているという情報も人口に膾炙され始めている。

結局日本は米国債の買い支えとドル暴落・円高による債券の価値の大幅減少に見舞われる事は避けられない状況になって来ていると思う。

(5)今後の東電存続の形態と電気料金について

それにしても総括原価方式とは凄い制度だ。これが資本主義である訳がない。コストが高ければ高い程利益が上がる制度なのだから驚きだ。原発投資も大きければ大きい程いいし、政府・マスコミ・地方自治体への各種支出も原価に入るので接待も広告も懐柔策も手厚くやればやる程利益が上がるようだ。東電も経産省も御用学者もこんなうまい構造を手離すまいとしてあらゆる抵抗を繰り広げるのも当然だろう。この点はまだ改善論議の俎上にも上っていない。

原子力賠償責任法の修正案(原発の損害賠償支援機構法案)も損害賠償を国民に押し付け国費を無制限に投入して東電の存続を守る仕組みであり本当に許し難い内容だと思う。しかしこの内容はあまりに理不尽である為このまま成立してしまうと不公正過ぎ歪みが大き過ぎていずれ損害賠償や投入する税金の大きさに耐えかねるなど社会に混乱が起きるだろう。

個人的には電気料金を勝手に値上げすれば自衛手段を講ずるしかない。これ迄電力消費が贅沢過ぎたので節電余力は大きく、家計の健全性維持の為にも節電で電気料金を削減する動きが強まるだけだ。いずれ受電分離や蓄電・自家発電・自然エネルギーへのシフト等で吸収可能で何とか負担増を避けていけるのではないか。

(6)終わりに

Twitterやブログの内容を監視して統制強化を図ろうという経産省・資源エネ庁の試みは失敗に終わるだろう。巨大利権構造と高待遇に安住して来た人達の知的レベル・総合的能力が相対的に低くなり過ぎているからだ。採用も偏差値と従順さ血縁でしているようだ。社会の前線で生存を掛けて闘っている人達や各分野で才能を必死に磨いている人達、豊かでなくても生活確保に命懸けで努力している人達の研究心、身につけたスキルの方が遥かに貴重だと思う。この人達の力を甘く見て、ただ税金や各種公共料金を絞り取る対象と考えているだけではそうはいかないだろう。

強権で統制・規制と分断を図る官僚達と実態に目覚めた多くの国民の力が結集されて対抗出来るのかどうか毎日見極め乍ら、結集に向け少しでも力になれるようにしていきたい。


尚、ここではあまり触れなかったが日本のマスコミ情報では「米国経済・軍事・社会の実態について」正しい情報が不足し過ぎている。これからの一両年の米国の動向は日本に多大な影響を及ばすので激動の方向性・その原因を正確に把握する事が本当に重要な局面になって来ているので心していきたい。                                                  
以上                                               

2011年7月6日水曜日

福島原発事故について-その6

成都パンダ(1歳・30㌔)

「今抱えてしまった大きな問題点」のうち今回は4番目についてです。


1.東電と政府の損害賠償責任について
2.福島原発放射線の影響と対策
3.福島原発事故の実態解明
4.日本の原発政策の本当の意義とは?
5.日本経済に与える影響と増税の可否



4.日本の原発政策の本当の意義とは?
(政府は何故重大事故を起こしたのに原発推進を止めようとしないのか?)

(1)原子力の平和利用の本質と経緯
 そもそも原子力=核であり、平和利用というが原発は核兵器の原料であるプルトニウムと劣化ウランを大量に作ってしまうもの。本来はあくまで大量殺傷兵器の技術と同一の技術を発電に使っている事が根底である事を忘れてはならない。


何故「平和利用」が推進されたのかの経緯の概要は以下の通り。
 米国がビキニで水爆実験→第5福竜丸被曝→日本の世論が反米に(当時3000万人の反核署名)反共対策に原子力平和利用で局面打開する事で日米が一致。背景に1953年ソ連が先に水爆実験成功、1954年に商業用原発(オプニンスク原発)も米国に先駆けて開発していた事もある。1953年アイゼンハワーが国連で平和利用を提唱。この動きに呼応して日本への原発の導入を図った中心人物が正力松太郎であった事は多くの人が知っている。


(2)日本は唯一の被爆国ではない。採掘・核実験・再処理・原発事故等世界各地で多くの被曝による健康被害がある。
 第2次大戦後も、世界各地で多くの核実験が行われた。
米国=ネバダ砂漠、ビキニ・エニウェトク(マーシャル諸島)、アムチトカ
ソ連・ロシア=セミパラチンスク、ノヴァヤゼムュラ   
イギリス=モンテ・ベロ諸島・マラリンガ・エミュ、クリスマス島
フランス=ムルロア、サハラ砂漠、仏領ポリネシア 
中国=新疆ウイグル自治区 
インド=ポカラン砂漠
パキスタン=チャガ
北朝鮮=咸鏡北道 
イスラエル?=カラハリ砂漠?
この他にもウラン鉱山採掘現場、再処理工場で被爆した人達は常に弱い立場の住民であった。


(3)核実験禁止の動き
 1963年に締結された部分的核実験禁止条約 (PTBT) で地下核実験以外は禁止された。
1976年には、地下核実験の最大核出力を150キロトンとする地下核実験制限条約 (TTBT) が米国とソ連の間で締結された。
包括的核実験禁止条約(CTBT)は未締結。臨界前核実験はCTBTでも禁止されていない。


(4)米国の核兵器の現状
 2011年5月21日に米国核安全保障局(NNSA)は新型の未臨界核実験(昨年10月と今年3月)成功を発表。保有する核兵器の安全性と有効性を確認する目的という。臨界前核実験に比べ核実験場も必要とせず火薬も使用しない。
ロスアラモス研究所、ローレンスバークレー国立研究所とバークレーのカリフォルニア大学の同僚と研究。


勿論高度の軍事機密なので詳しい情報は多くなく、私も十分な調査能力もない。ただ1つだけ言える事は1945年の最初の原爆実験から既に66年が経過して、技術は飛躍的に進歩していて当然だし、米国は決してこの研究開発を止める筈がないだろうという事だ。
現在の核兵器は超小型化しているのだろうか?
実用化はされていないのだろうか?
又米国の原発の核燃料廃棄物プルトニウムや劣化ウラン・減損ウランの処理はどうなっているのだろうか?
管理する場所は十分確保されているのか?
放射能漏れ等の事故はないのだろうか?
疑問点は尽きない。


(5)劣化ウランの毒性と劣化ウラン弾
 濃縮ウランやプルトニウムを生みだす工程で核分裂性が減った劣化ウランと減損ウランが作られる。この2つから劣化ウラン弾(放射能兵器)が作られ、1991年湾岸戦争、1995年ボスニア・ヘルツエゴビナ、1996~99年コソボ、1999年旧ユーゴ空爆、2001年~アフガニスタン戦争、2003年イラク戦争、とずっと使われ続けて来た。日独の砲弾はタングステン弾で値段が高い。劣化ウラン弾は安い上に、処理に困っている核廃棄物を他国にばら撒けるのだ。米政府・軍はその危険性を兵隊にも知らせず使わせたので帰還兵は湾岸戦争症候群を起こして苦しんでいるようだ。


1991年の湾岸戦争の際、イラク・バスラで小型核兵器(広島の1/3)を投下したのではないかというイタリア報道もある。2002年にアフガニスタンでも使用の疑惑がある?
イラク戦争に自衛隊を派遣した日本は水の供給をしたがバスラやファルージャでは劣化ウラン弾が使用され?癌や白血病が急増している。


こういった米国の軍事作戦に共同行動の度合いを深めつつある防衛省の動きを見ていると、イラク戦争で使用された?劣化ウラン弾の原料は関電が供給したのでは?とか今回の福島原発の劣化ウランは何処へ?とかいう疑念を抱く向きが出てくるのも一概に否定出来ないと思う。


福田元首相が急に辞任した背景には洞爺湖サミットでアフガニスタン戦争への派兵要請を断ったからという話もあるのだ。
2005年に日米外交・防衛担当閣僚会ギ(2×2)以来国防上の重要な事は国会であまり論じられず、どんどん官僚が決めて2×2で追認してしまっているように見える。日米同盟の一体化(隷属化)は我々の知らない所で(核関連も)進展している懸念は拭えない。